

ルネ・ラリック Rene Lalique(1860〜1945)
ルネ・ラリックはフランス・シャンパーニュ地方で生まれ、パリで育ちました。パリの装飾美術学校に入学し、宝飾工芸家で金属細工師のルイ・オーコックに師事し、装飾の技術を習い、夜はパリの装飾美術学校で学びました。弱冠20歳にしてカルティエをはじめとする一流宝飾店から仕事の依頼を受けるようになったラリックは、サラ・ベルナールら大女優の舞台アクセサリーを手がけるようになります。その後、香水商コティとの出会いによって、ガラス工芸へと転身。アール・ヌーヴォーからアール・デコへと流行が変わる中で、ラリックは両時代を代表する存在として活躍します。1925年のパリ現代装飾美術産業美術国際博覧会(通称アール・デコ博)では、会場のモニュメントとなる高さ15mのガラスの噴水「フランスの水源」を制作。また、オリエント急行や豪華客船ノルマンディー号などの建築装飾にも進出し、その才能を発揮しました。日本との関係では、1932年に旧皇族朝香宮邸(現・東京都庭園美術館)のガラスの扉やシャンデリアなどの製作を受注しています。
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